見えないものを創り出す

マインド

みなさん、見えないモノって信じますか?

こう書くと霊的なモノを想像されますよね。

その時点で、バイアス掛かっているなぁ~

って思っちゃいます^-^;

 

今日、小学生の合唱会の練習を見る機会がありました。

音楽の先生が子供たちに

「キレイな音を奏でて~」

「優しい音をつくりだしましょう」

って言ってる。

『キレイ』も『優しい』も見えないモノ。

というか「音」自体見えないのに、

それに更に見えない形容詞を使われてもなぁ・・・。

 

 

見えるとか見えないとかじゃない

見えないから分からない。

見えないから信じられない。

って、そんな次元の話をしてはもう止まってしまう。

 

見えないものをどう感じるか、

見えないものをどう表現するか、

そんな1つ上をいきたいですよね。

 

思考停止してはもったいない。

あなたの枠を広げるチャンスが終わってしまう。

自分の枠は、自分の知らない世界を見ないと広がらない。

僕はそう思っている。

 

 

人は自分の信じられないモノを・・・

残念ながら、「詐欺」と「宗教」で形容してしまう

ことが多いようだ。

その2つは信じられないモノ、怪しいモノの代名詞なのかな?

 

僕はこの2つで表現してしまうのは、

なにが、どうなのか、自分でも説明できませんと

言っているのと同じだと思う。

 

ちゃんと自分の言葉で説明できればいいだけですよね。

 

 

感じるモノの素晴らしさ

さて、今日の合唱会の練習について

小学生の奏でる音、

一生懸命に演奏する姿、

そして、生でその場に居たこと、

いろいろ相まって、すごく感動してしまった。

 

思わず目頭が熱くなってしまった。

 

見えないものをどう扱うか、

見えないものをどう感じるか、

それはあなた次第だと思う。

 

でも、心をバイアスを外し、

ありのままに受け取ることができれば、

自分の枠も広がり、新たな出会いもあるではないかと思う。

 

 

みなさんは、どんな見えないモノを創造しますか?

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